神田の住み心地

千代田区神田に住むアラフォーリーマンの日記。神保町、秋葉原、日本橋、大丸有(大手町、丸の内、有楽町)の間という超都心に位置する神田界隈で過ごす日常生活や、暮らしやすさ、うんちくなどを語ります。 Twitter ID:kandazumi

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『東京どこに住む? 住所格差と人生格差』読後感想

こんにちは!
最近ネット上で話題になっている『東京どこに住む? 住所格差と人生格差』という本を読んだので、今回は読書感想文のご紹介。

全体を通しての感想

この本は、

第1章 東京の住むところは西側郊外から中心部へ
第2章 食と住が接近している
第3章 東京住民のそれぞれの引っ越し理由
第4章 なぜ東京一極集中は進むのか
第5章 人はなぜ都市に住むのか

の五章構成になっているが、正直それぞれの章ごとのテーマにつながりが感じられず、全体としてのまとまりに欠ける印象だった。でも情報量はそれなりにあって、あえて言えば良くできたレファレンスという印象。こういう本も悪くはない。
ところどころ気になるキーワードが散りばめられていたので、それを手がかりに私なりに読み取った内容をお伝えしたい。

第1章のキーワード「皇居から5キロ圏内」

この章では、かつて東京における住宅事情の常識とすら言えた「西高東低」が変化し、むしろ都心回帰が進みつつある現状と、全体を基調として貫く(ように見える)「他人の近くにいること」という価値が提示される。併せて西高東低に至った歴史も紹介される。

皇居から5キロ圏内、という地域は前にこのブログで触れた「旧15区」にかなり重なる地理把握だし、データの提示や紹介もそれなりに面白いのだが、この本の最大の欠点である「話のまとまりのなさ」が早くも現れている気が。一言で概括すれば、中心部への収斂が進んでいますよ、データもあるよほらねほらね、という部分。

西高東低の歴史についての詳細を含めた東京の都市計画全体について概要を知りたい時は、この本を補助線にしつつ

東京都市計画物語 (ちくま学芸文庫)

東京都市計画物語 (ちくま学芸文庫)

を読むことをお勧めする(杉並など郊外開発関係のはなしは6-7章あたり)。

あと西高東低の東低傾向についてはこの本もよい。

明治の東京計画 (岩波現代文庫)

明治の東京計画 (岩波現代文庫)

この本によれば、下谷から隅田川両岸あたりは明治初年にはすでに軽視されていたらしく(以下引用は私が言ったんじゃないので怒らないでね)、

「深川及本所両区は土地極て卑湿井泉浄からずして住居に適さずと雖も、運輸至便なるが故に、材木薪炭瓦石等重量物貨の市場に適し、且倉廩を置き或は製作所を設くるに最も宜しき地と謂うべし」(楠本正隆)(本書105頁)
「下谷近傍は敢て其繁栄を計画するに及ばず…到底下谷の繁栄は将来保ち難しと考うるにより…」(渋沢栄一)(同206頁)
「都府の中下谷は最も卑湿にして衛生上には不良の地なるも…追々車馬の便開くるに従い多くは乾燥の地に移転するにより、下谷は衰微せるなり。今後とても繁昌は益南西に傾くべく、況や築港出来せば運気は其方に旺するを以て下谷の衰頽は挽回なし難し…」(益田孝)(同207頁)

などとさんざんな言われよう。
明治初年ごろのこういう議論を経て、隅田川の特に東岸は工業地帯として位置付けられていくことになるわけだ。

閑話休題、皇居から5キロ圏内、というのは東京の都市計画審議会でよく出てくる「センターコア再生ゾーン」とか「国際ビジネス交流ゾーン」とかに、もっと言っちゃえば江戸の朱引内とかとほぼ重なる(旧15区よりさらに狭い)。

f:id:kandazumi:20160525205647j:plain
http://www.toshiseibi.metro.tokyo.jp/kanko/mnk/vi_03.pdf

f:id:kandazumi:20160525205458j:plain
http://www.toshiseibi.metro.tokyo.jp/kanko/area_ree/area_ree.pdf

f:id:kandazumi:20160525205422j:plain
http://www.toshiseibi.metro.tokyo.jp/keikaku/shingikai/pdf/7277a.pdf

行政の認識する要整備地域(東京都は例えばセンターコアについて「首都を担う東京圏の中心で、日本の政治・経済を牽引する高次の中枢管理機能の ほか、居住機能を始め、商業、文化、交流など多様な機能の集積により、総合的 に国際的なビジネスセンター機能を担う。」(東京の都市づくりビジョン(改定)/東京都都市整備局)と定義している)と、居住の実動向とが重なるのだとしたら、行政の誘導がうまくいっているのかはたまた行政が現状を追認しているのか、いずれにせよ公共と民間との間で方向性のブレがないのだから良いんではないだろうか。

第2章のキーワード「食住接近」

この章では、かつて住宅に求められていた「閑静であること」はもはや必須条件ではなくなってきており、むしろ飲食店近接の「陽」の街が求められているということが、『新東京いい店やれる店』で紹介された大震災後の「自宅に近い店」で飲むという流れ、バルブーム、個人商店の台頭などを軸に語られる。例として八丁堀、蔵前、ポートランド、横丁ブームなどが示される。また、食の充実を含んだ街の価値評価指標として「センシュアス・シティ ランキング」なるものが紹介される。

この章が一番面白かった。
まず、第1章ででてきた都心回帰が2020年時点の駅ごとの人口動向予測として示されている。予測値は以下の通り(以下同書56-57頁より引用)。

人口減少ワースト5
阿佐ヶ谷
高円寺
荻窪
西荻窪
中野


人口増加ベスト5
月島
人形町
八丁堀
葛西
茅場町

ワーストに見事に杉並区内中央線の各駅が並んでいるのを見て思わずしょっぱい気分に。
一戸建て中心の街だから、大規模開発もしにくいだろうし、中央線の混雑ぶりはつとに有名なので、新規転入者は少ないだろうから、当然こうなるんだろうなあ。

あと、センシュアス・シティという考え方、これ新鮮。
詳しくは同書を読んでいただきたいわけだが、指標の中に「食文化が豊か」(地ビール、地元食材を使った店の有無)があるのはまあ一般的として、「ロマンスがある」(デートや路上ナンパの機会、路上キスの経験など)とか、「匿名性がある」(一人だけの時間を楽しんだり、昼間から酒を飲んだ経験など)などがあるのはとてもユニークでよい。
こういう指標でのまちづくり、意外と大事ではないだろうか。だって楽しいでしょう路上キスとか。
これは私の持論なのだけれど、街しかり、人生しかり、会社や国家しかり、そこにコミットするためには「物語」が必要。意味がなく機能だけの街は単なる生活利便施設、装置でしかない。
ロマンスなんてそのままプライベートな物語だし、別途指標として挙げられている、「共同体への帰属」も同じく。

ああ、でも事例として神田、淡路町、神保町あたりが出てこなかったのは不満でしたけどね。相変わらずスルーされっぱなしの神田界隈、哀しや(かろうじて岩本町が出てきてたけど)。なんでなんだろ。そこが知りたい、純粋に知りたい。

第3章

第3章では郊外から都心、都心から郊外など、様々な引っ越し(人口移動)の事例が紹介される。

ここは…各自読んでみてください。私は正直面白くなかった。例示の方向性がばらばらで、どちらに結論を持っていきたいのかわからないし、逆に例示の集合からある種の傾向が浮かび上がるということもない。オチのない笑い話みたいな。

第4章のキーワード「所得格差」

この章では、まず各都市のなかでも東京一人勝ちになっている現状が述べられる。続いて、「移動する能力の有無によって人生の可能性が大きく左右される」(乱暴に言えば移動することが成功の秘訣である)という主張と、一方で日本人は引っ越し嫌いであることの紹介、にもかかわらずそんな日本人が東京に一極集中している背景である「規制緩和」「経済復調」について説明される。

この章の読みどころはリチャード・フロリダという都市社会学者の著書『クリエイティブ都市論』の主張である(らしい)、社会的な階層の移動と地理的流動性は、密接にかかわる、という主張、ならびにエンリコ・モレッティという経済学者の「今日の先進国では社会階層以上に居住地による格差のほうが大きくなっている」という主張の紹介部分。
これはぜひ原著を当たりたいところだ。
もしこの主張が正しいとしたら、例えば杉並区の教育レベルが高いと言われるのは杉並区が教育レベルを高くする場所だから(フォースが高い、とかじゃなくて教育レベルを価値とする親が集まって切磋琢磨するからだと思うが)、ということになる。所得格差もこの仮説で説明できるかは港区で育った子供の追跡調査を一世代やってみないとわからないと思うけれど、確かに魅力的な仮説ではある。

また(いちいちは挙げないが)、都市集積忌避、分散志向の政策が採用されやすい政治状況はありつつも、それでも規制緩和が都心再開発を促しえているという状況についても、この章はある程度平易に説明できていると思う。文中で触れられているように、容積率緩和とか移転がなければなし得なかった開発事例は多いし、それが街の立ち位置自体を変えている事例も多い。いまはちょうど、都心回帰と地方創生の綱引き状態にある、という感じですかね。

第5章のキーワード「他人の近くにいること」

この章では全体を振り返って、そもそもなぜ人は高いコストを支払って都市に住みたがるのかについて説明を試みている。未来における都市の消滅を説いたトフラーの批判を交えつつ、また日米のIT系企業の職住近接傾向を紹介しつつ、「実際に人と人が対面して会う時間とは、「電子的なコミュニケーション時間を補うものだから」」(エドワード・グレイザー)、そして「「教育」が移住の原理になっている」という二点から人が都市に住む理由を説明する。最後は都市の近接性と時間の消費速度(せわしない時間感覚)のどちらを取りますか、という開かれた問いで終わる。

この部分の論考は面白かった。
ITと対面の相互補完が都市を支えている、という発想はなかった。

特に神田のような地縁が濃いと同時に、かつチェーン店も多く匿名性が担保され、ITでゆるく繋がっている都心という社会にいると、この論理で腑に落ちる部分が多かった。

読後感

新書のレベルが落ちた、という感覚を持つようになったのはいつ頃からだろうか。
正直この本はデータ部分は格別、全体としては雑誌の読み応え。構成力も弱い。
ただ、データ部分は光るものがあるので、ご興味あれば一読はしてみても良いかもしれない。
引用された本は面白そうなものが多かったので、後で読んでみようと思う。

以下読みたい本

クリエイティブ都市論―創造性は居心地のよい場所を求める

クリエイティブ都市論―創造性は居心地のよい場所を求める

年収は「住むところ」で決まる  雇用とイノベーションの都市経済学

年収は「住むところ」で決まる 雇用とイノベーションの都市経済学

都市は人類最高の発明である

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感想中で参照した本も含め、読んで(読み直して)みよう。

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